ダイアリー

運動会

次に思ったのが、そもそも論なのですが。

近頃では運動会を午前中で終わらせる学校も増えているとか。

親の都合に配慮してということのようなのですが。

家族で弁当を広げることの良しあしやシングル家庭への配慮もあったりして、縮小傾向なのは否めないようですね。

親も自分の子の出ている競技以外は関心がない。

声を挙げて応援するより記録に撮ることの方が大事。

子供たちの名前がアナウンスされることもないからどこの誰ちゃんが走っているのかもわからないので興味も湧かない。

学校の先生方の過重労働が問題視される中ですし、子供たちが子供らしく走り回る姿に感動できない大人たちには運動会など年中行事の一つ、中身の良しあしよりもやらないよりはやった方がいいという誰を満足させるためのものだか分からない重荷でしかないのかもしれません。

そして、いました、いました、皆の和にうまく入れない子たちが。

皆が踊っている中で一人地べたに座り込んでいる子、皆と一人違う振り付けの子、椅子から立ち上がらずに先生を困らせている子、そんな子たちを眺めながら、今レインツリーに通う何人かの子供時代を想像していました。

そしてそれは今から何十年も前、自分の子供の頃に強烈な印象を残したクラスメイト達の姿と重なって、儚くも懐かしく思い起こされるのでした。

 

いつも汚れた服を着て鼻水をたらし悪態をついていたタバヤン、

転校してきたと思ったら1ヵ月でまた転校して行ってしまった眼つきの鋭い自称テキ屋のアダチ君

髪も肌も真っ白なサイジョウさん姉弟

気持ち悪いと言われると一層女言葉と仕草を際立たせるウッチャン

大仏を見ると気分が悪くなると言って京都奈良への修学旅行を辞退したジョージ

牛乳瓶の底のような眼鏡でビッコのタチバナさんは、同じ社宅長屋の2軒隣に住んでいました。

私は6年生で、登校班の班長。片道15分の道のりを軍隊の行進よろしく立派にやり遂げねばなりませんでしたから、よろよろと遅れる4年生の女子のタチバナさんには手を焼いてイライラしたりしていました。

ある日の昼食をタチバナさん宅に呼ばれ、トーストにレトルトのハンバーグをごちそうになりました。

何か話をしたか思い出せないのですが、二人で食べている間、彼女のお母さんが同じテーブルに座って笑顔でいたのを覚えています。

それから数日の後でタチバナ家は引っ越していきました。